読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

とうふのホルモン

ホルモンのままに。主成分はエッセイ。

【誰よりも熱い感想】「ジブリの大博覧会」に行ってきた!(2/3)鈴木さんと糸井さんが切り出すジブリの世界と「宣伝」という仕事

(前回)

chi-cooks-everyday.hatenablog.com

 

宣伝の基本は、タイトル・コピー・ポスター

ジブリ作品の宣伝は30年間鈴木敏夫さんが手がけてきた。のほほんと作品を楽しんでいたときには見えなかった、プロデューサーという存在。自分も仕事をしてみて(1年で挫折しちゃったけど)、はじめてわかったことの1つ。この人がいないと、ジブリの映画はあり得なかったんだなあと。

 

正直にいえば宣伝という仕事には興味がありませんでした。宣伝は配給会社や広告代理店の専門家たちがやってくれること。僕はその方向性に問題がないかをチェックしてさえいればいい。そんな消極的な関わり方でした。

 

そんな鈴木さんの意識が変わったのは、「魔女の宅急便」の製作中のこと。配給を担当する東映の責任者から言われた一言がきっかけだったそうだ。

 

宮崎駿さんもそろそろ終わりだね。興行成績がどんどん下がっているじゃない」

もちろん腹は立ちました。でも、その方は厳然たる事実を教えてくれたんです。その一言のおかげで、僕は映画というのはいい作品を作るだけではダメなんだということを知ります。大勢のお客さんに映画館へ足を運んでもらい、興行成績をあげなければ、本当の成功とはいえない。そのために必要なものとは……?

 

いい作品を作るだけでは、届けたい人に届かない。作りたいものを、作ることすら許されない。「宣伝」を初めて本気で意識した瞬間。そこから手探りで、いろんな人と関わりながら「ジブリの宣伝」を作り上げていく。「ジブリの大博覧会」は、いかにして作品の本質を捉え、タイトル、コピー、そしてポスターという形に凝縮してきたかという、宣伝という「ジブリのもう一つの物語」を展示した展覧会なのだ!

 

「このへんないきものは、まだ日本にいるのです。たぶん。」「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」「生きろ。」

f:id:nomatterxxx:20160731154902j:plain

さて、ジブリ作品の、強烈で、心に残るキャッチコピー。これらの全てを、糸井重里さんが手がけていたことを知ってましたか?わたしは知らなかった!

 

糸井重里さんとは、日本一有名(たぶん)なコピーライターのおじさまだ!「ほぼ日刊イトイ新聞」というメディアを運営している(1988年から!!)。すごい人なのにすごい感じを前面に出していない、おもしろすごい人なのだ!ちなみにわたしの好きなコピーは「ほしいものが、ほしいわ。」(西武百貨店

 

ジブリといえばやっぱり見ごたえのある映画作品。ポスターやこうしたコピーの一言は、なにげなーく、当たり前といったふうに鎮座している。けれど、それらが作品の雰囲気を殺さず、それどころか作品の本質といえるところをカッコつけず、何気ないさりげない一言で表していて、作品と同じかそれ以上にわたしたちの心に残ってるのだから、冷静に考えたら、凄すぎる(ボキャブラリーがなくて悲しい)。

 

とにかく、「ジブリの大博覧会」で、文字通り壁一面にひしめき合うように飾られた(垂涎…!)ポスターなどの展示資料の中で、まさかここで糸井さんに遭遇することになるとは思っておらず、でも言われてみたら、控えめで、それでいて心にじんわり染みてくるこれらの言葉は、確かに糸井さんだなあと変に嬉しくなった。

 

華やかなポスターの脇に、2人のFAXでのやりとりがそこここに展示されている。「宣伝」の重要さに気づいた天才プロデューサーの鈴木さん(と監督)と、無敵の天才コピーライター糸井さんが、どうやってこれらの言葉、あるいは作品の本質にたどり着いたのか、を垣間見せてくれる。(メールじゃなくて、手書きのFAXっていうのが、なんかいい。しかも、それがちゃんと残っているのが、いい!)

 

未完成の作品から、作品の「本質」を切り出す

これまた考えてみれば当たり前のことなのだけれど、「宣伝」のための準備は、映画の完成を待たずして、つまり制作途中に並行して走っていく(ジブリにたまにあるよね、「まだ映画ができていないので公開延期!」笑)。だから、鈴木さんご自身制作に関わるのはもちろんのことだが、それらの映画の制作資料をもとに、「この作品の本質は何か?」を探り当て、タイトル・コピー・ポスターに通底する宣伝方針を作っていくところから、始まっていく。……未完成のところから、本質を探り当てる難しさったら!

ジブリの「宣伝」の仕事は、もしかしたら、監督自身が言語化できていなかったモヤモヤ、映像にするほかなかったモヤモヤが、それでもスッと、大事なところだけはきちんとハマる言語という型を、ああでもない、こうでもないと試行錯誤しながら探り当てる作業でもあったのかもしれない。

 

映画の本質は、はたしてどこにあるか。

 

魔女の宅急便」のとき、実はポスターは2柄制作されていたそうだ。主人公キキが街をバックに空を飛んでいるものと、わたしたちにもお馴染み、キキがパン屋で留守番をしているもの。

f:id:nomatterxxx:20160731154936j:plain

この背景には、メイジャーという会社の、「銀河鉄道999」などの宣伝を手がけてきた凄腕宣伝プロデューサー、徳山さん(鈴木さんは徳さんと呼ぶ)という方と、鈴木さんとの衝突があった。

 

徳さんは、古き良き子ども向けアニメーションの宣伝を得意としてきた人です。だから、「かわいい魔女がほうきで空を飛んで大活躍するお話ですよ」というイメージで売ろうとした。一方、僕は宮さん(宮崎駿監督)と企画を練っている段階から、「思春期の女の子が悩みながら自立していく話」と捉えていた。

 

映画の本質をどこに置くか。ここに、「決定的な開き」があった。だから、「侃侃諤諤の議論」をへて、ポスターの絵柄は上記のように2つ、作られた。

 

糸井さんは糸井さんで、キャッチコピーの方向性に迷う。

最初の案は「十三歳といっても、魔女。」というもの。これはこれで映画のテーマとは違う気がしました。そこで何度も絵コンテを読み直してもらい、大量のファックスをやりとりしながら、いくつもの案を出してもらいました。その結果、生まれたコピーがおちこんだりもしたけれど、私はげんきです。だった。

 

鈴木さんはこの言葉に、手応えを感じたという。ところが、これを見て怒ったのが、徳山さん。

「冗談じゃない。これで客が来るわけないだろう!」

 

人を呼ぶことさえできたら、「宣伝」の仕事といえるのか?

鈴木さんは、徳山さんとの衝突の原因は、「宣伝」という仕事をどう捉えるかの違いから起きたことだと考えている。

 

そもそも徳さんの頭にあるのは、「映画は大衆のもの。高尚なことは理解できない」という考え方。だから、映画の内容とかけ離れた宣伝も辞さない。

 

「宣伝」は、大衆に、あるいはマーケティングで言うところのターゲットとなる人々の集団に、呼びかけて、商品を買ってもらうこと。サービスを利用してもらうこと。映画を見てもらうこと。それが、「宣伝」という仕事を担う人の、責任。

しかし、鈴木さんは、「宣伝」の持つ意義は、それだけではないと考える。むしろ、それよりも大事な責務があると、考える。

 

でも、僕は監督が作ろうとしている作品の内容を伝えることが宣伝の第一義だと考えていた。もちろん、そればかりを考えると高尚な方向に行き過ぎてしまうことがあります。高尚なことをどうエンターテインメントとして伝えるか。そのバランスをとる作業こそ、プロデューサーの仕事なんだと思います。

 

まず、人を呼ぶことではなくて。まずは、伝えるべき内容がある。本質がある。熱量のこもった、メッセージがある。それを、”どうやって伝えるかを考え抜く”。そして、それによって、人を呼ぶという結果をつくる。「宣伝」という仕事の、「出さなきゃいけない結果」ばかりを追いかけるのではなくて、この映画を通して表現したいことは何か、伝えたいことは何か、そこから逃げない。

「宣伝」も、「魔女の宅急便」という全体を構成する一部分なのだ。「宣伝」もまた、ジブリの仕事の一部なのだから。だから、目に見えない・数字で見えない責任であるところの、“伝える”ことから、逃げない。

 

衝突を繰り返しながらも、本気で宣伝に取り組んだ成果は観客動員数に如実に表れました。「トトロ」「火垂る」の80万人に対し、「魔女の宅急便」は264万人。3倍以上の結果に、僕は宣伝の持つ力をまざまざと知ることになります。

 

 

ジブリの外にいた、糸井重里さんという人。

話が飛んだけれど、わたしは、糸井重里さんという人がいてくれてほんとうによかった、と思っている。スタジオジブリの中の人ではなくて、広告を作るプロという立場で、こうした「宣伝」観に、共感してくれる人、いやむしろ、同じ「宣伝」観を持っている人がいたこと。そういう人と、ジブリが仕事をできたこと。

 

鈴木さんと糸井さんのFAXのやりとりは、楽しい。「お世話になっております。●●です」なんて堅苦しい挨拶なんかない。いきなり、「3つ、考えました」とか、あるいは、ど真ん中に縦に1行、コピーがすっと書かれていたり。それに答える鈴木さんの「いいです!」って言葉の、ビックリマークの可愛さ。それでいて、やりとりは真剣だ。「私はげんきです。」の「は」はない方がいいかもしれないとか。やれここは平仮名だカタカナだ漢字だとか。作品の本質は、テーマは、むしろこういうところではないか、と私は思うとか。

納得のいくまでは、双方が妥協しない。そうやって、あれらのコピーが作られていく。

それができるのは、「スタジオジブリのスズキさん」と「●●会社のイトイさん」のやりとりではない。鈴木さんという人と、糸井さんという人とのやりとりだからなんだろうなあ。それが気持ちいいなあと思う。

なんなんだ、このオジサマたち。かっこよすぎやしませんか。

 

仕事をするうえで、コミュニケーションは大事だ。大事だ。大事だ。わたしは、こういうコミュニケーションを大事に、したかったなあ。そういうふうに、働きたい。

 

なんだか、収集がつかなくなってしまった。これはでもね、しょうがない。わたしが言葉にできることばかりならば、「大博覧会」にする必要がないんだもの。わたしの表現力のなさを差し引いたとしても、やっぱりアニメーションだからこそ伝わるもの、「大博覧会」だからこそ伝わるものがあります。だからこればかりはどうか、見に行ってください。

 

9月11日(木)まで、六本木ヒルズ展望台でやってます。(宣伝に、なってるか?笑)

www.roppongihills.com

 

※本文中の引用は、全て「ジブリの大博覧会」パンフレット内、【鈴木敏夫「宣伝に興味のなかった僕が、映画の宣伝をしながら考えてきたこと」】より。

 

 

★続き

chi-cooks-everyday.hatenablog.com