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とうふのホルモン

ホルモンのままに。主成分はエッセイ。

生きづらさ最前線【時々書きたくなるエッセイのようなもの】

小学校の社会だったと思う。島根にある、日本で一番過疎が進んでいる村が教科書に載っていた。人口密度(つまり面積に対する人口)が日本で一番低いとかそういうのだ。たぶん、平成の大合併以前のことだから、今はその村は違う市町村になっているんだろうとは思う。

わたしの地元は、小学校から中学校まで1学年1クラスのど田舎村とはいえ、1クラス30人以上はいたので、授業でこの村のことを知ったときわたしは「まだ下には下があるのね」とその島根の某村のことを小馬鹿にしていた。日本全体で過疎が問題になる中で、その中で1番深刻な村。「そんなにひどい状況ならば、もう終わりね」なんて思っていた。

このとき先生は、わたしの思いに反してこんなことを言っていた。「逆に言えば、日本の最先端を行く地域なんだよ」と。

 

あるいは、中学校の社会の授業。今度は、日本の話。それまで「少子高齢社会」と言われていたのが、「化」なんて言っている場合でなく本格的になっているんだ、というので「少子高齢社会」なんていうふうに学び直したような記憶がある。人口ピラミッドの釣鐘型やらなんやらと一緒に、スウェーデンとか、イタリアとか、ほかの所謂「先進国」も同じような状況にあり、かつ日本はその中でもトップレベルにヤバイ高齢社会なのだ、みたいな話だった。まじか、やべえな日本。わたしたちは年金もらえるんだろうかなんて、のんきに斜めから見ていた。

このときも、別の先生だけどこういっていた。「逆に言えば、超先進国なんだ。日本が世界の最先端なんだ」って。

 

いずれも、当時のわたしは「悪い状況を無理やりすっげーポジティブに言ってるだけじゃん、ばかじゃないの?」って思った。「やばいやばい」なんて言いながら、過去のグラフはこれまでずっとその方向に進んできたんだ。今いよいよやばい状況になっているんだとして、どう考えたって、その先も「やばいやばい」なんて言いながら、結局同じ矢印の方向に進んでいってそして消えてしまうんじゃないか。どう考えたって、そんな未来しか見えないじゃないか、と。

オワコンな人たちが、「まだわたしたちは終わってない」って必死に現実から目をそらしているようにしか思えなかった。

 

 

昨日、テレビで「クリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパン」が取り上げられていた。アメリカの大手ドーナツチェーンで、数年前の日本上陸当時は大旋風を巻き起こした。現在、その大流行が収束し、閉店も相次ぐ今、経営の舵を思い切りきっている、という特集だった(再成長に挑む!行列のできるドーナツ店:ワールドビジネスサテライト:テレビ東京)。

各地で閉店が相次いでいる…なんて、大丈夫かな?という感じである。けど、これも経営戦略の1つらしく、昨年末からあえて大規模閉鎖を実施してきた、らしい。その背景には、「流行りものスイーツ」というイメージから脱却し、ファミリー層に向けてキッズスペースのあるカフェ型の新店舗を増やすことで、日常の選択肢の1つとして来てもらうことを狙っていこうという思いがある、らしい。

 

このニュースを見ていて、そうか、それは必要なプロセスなんだ、と思った。いつまでも大流行を続けることなんて、どんなブランドにだって不可能だ。だからこそ、状況に合わせて舵を切る。荒々しさや勢いがなくなるからこそ、そのなかで穏やかに生き続ける道を探る。「もう落ち目なんだ、ダッサ」とかそういうことではなく。今自分がいる場所で生きるためにやるべきことを淡々とやる。それがかっこいいんだなあ。

 

 

そう思えるようになったのは、わたしが生きづらさを抱えてうつになって、新卒入社の有名企業というレールの上から逃げてきたからなんだと思う。

逃げたわたしを、「ダッサ」って思う人もいるだろう。「この選択をしてよかった」というわたしを、「負け惜しみだ」って、「バカみたいにポジティブだ」って笑う人もいるだろう。もうこいつオワコンだって思っている奴も、いるだろう。

でもそんなの関係ない。わたしが既存のあり方の中では息苦しくて仕方ないことは、確かなのだから。みんながいいというその場所がわたしにとっての安住の地ではないことは確かなのだ。そして、そう思っている人が、わたしだけではない、そう思う仲間が他にもいることも、確かなのだ。

 

思うに、これから「働き方」、もっというと、「生き方」が大きく変わっていくんだと思う。今生きづらさを抱えるわたしたちは、今その最前線に、最先端にいるのだ。むしろわたしたちが、わたしたちにとって、必要なやるべきことを1つずつ淡々と粛々とやっていく、それによって、「働き方」や「生き方」は変わっていくんだと思う。つまり、わたしたちが変えていくんだ。

 

 

過疎だ過疎だなんて言われてきたけど、地方は、今おもしろい。ほんとにオワコンな地域もあれば、なんでこんなにおもしろいの?!って地域も、いっぱいある。それは、「過疎とかもう終わりじゃん」なんて言っていた人たちには見えなかった、掴めなかったおもしろさだ。

 

おもしろい地域がやってきたこととはなんなのか。それは、住む人が楽しくハッピーであるように、ということだとわたしは思う。つまり、自分たちが楽しい!と思うことをやること。頑張ることが楽しくなるような仕組みづくりをすること。

 

きっと、個人も同じなんじゃないか、と今思う。自分が楽しい!と思うことをすること。自分が頑張ることが楽しくなるような、環境に身をおくこと。あるいはそんな環境をつくっていくこと。その先に、「なにこれ超おもしろい!」が待っているような気がするんだよねえ。

 

生きづらさを抱えるわたしたちへ。その生きづらさはホンモノだ。そして、間違いなく時代の最前線だ。腐らず押しつぶされず、淡々と粛々とマイペースに、自分が楽しくハッピーでいられるためにやるべきことをやっていこう。