とうふのホルモン

ホルモンのままに。主成分はエッセイ。

都会のエスカレーター【時々書きたくなるエッセイのようなもの】

都会に出てきたばかりの頃、地下鉄などのながーいエスカレーターには面食らった覚えがある。

まずスピードが速い。時々大きなターミナル駅などで「高速」と表記されたエスカレーターもあるけど、そうでないものも、田舎と比べるとずっと速い。平仮名でもずっと同じ文字を見ているとゲシュタルト崩壊でよくわからなくなってくるみたいに、たまにエスカレーターに乗るタイミングがよくわからなくなってしまうことがあった。

それからなんといっても、長い。地下3階とか4階とか、よくわからないけどとてつもなく深いところまで、ぐんぐん人を運んでいく。時々思う。もし今ここでわたしが足を踏み外したら…貧血で倒れたら……?一体何人の人が下敷きになってしまうんだろう。あるいは、自分よりも上にいる人がそうなってしまったら、わたしは生きていられるのだろうか……。などと、不穏なことを考えているわたしの横を、急いでいるのかサラリーマンなんかが慣れたように歩いて下っていくのなどを見ているとほんとうにヒヤヒヤドキドキした。

 

近頃はわたしも慣れたものである。あまりエスカレーターを歩こうとは思わない(急ぐ時は階段を使う)ものの、電車から降りた人の波に紛れて上手にエスカレーターへ向かう列に合流できるようになったし、余計な心配などせず、なんならスマホで目的地に向けた最短距離や最適な出口を調べながら乗ることもできるようになった。とはいえ降りるタイミングを見損なうなどの恐れはあるので、スマホを見っぱなしということはあまりしないようにしている。

 

しかしここまで慣れてくると、今度はあのながーいエスカレーターが、ちょっぴり手持ち無沙汰になる。大抵そういうときは、反対側に乗ってすれ違う人たち、あるいは前に乗っている人のかばんやお尻を、ぼーっと眺めていることになる。この手持ち無沙汰がなにげに厄介なのだ。

なにか考え事をしていたり、次の予定のことを思っていたりするときはいい。しかしそうしたことが何もなくただぼーっとしていると、ちょっとしたイタズラ心が湧き上がってくる。前のおじさん、いいお尻してるなあ、「カンチョー!」ってしたらどうなるかなあとか。2つ前の若い男の子、リュックのファスナーあいてるなあ気になる、閉めたいなあとか。そのずっと先の女子高生、足きれいだな~、スカート短いからひょっとしたら中見えるかも…かがみ込めばなんとか……とか。

誤解をしないでいただきために念のため一応言っておくと、どれも実行には移していません。ただ、そういうなにげなーい、アホっぽい考えがむくむく湧いてきて、エスカレーターを降りるまでのしばしの時間、わたしはそれと葛藤しなければならないというだけのこと。子どもの頃とか、こういうこと考えませんでした?今突然、ここで●●したら……みたいな、世の中の常識とかマナーとされている行動を外れたことをしたら、それだけでこの美しい秩序が乱れるんだなあみたいなワクワク感。無論、「いい子」だったので実行に移したことはありませんけれども……。

 

先日バイトに行く途中、何も考えずにぼーっとしていたら、駅のエスカレーターでいいお尻なお兄さんが目の前に乗っていたので、ついついこんなどうでもいいことを考えてしまった。

 

ら、その同日、バイトの帰り、乗り換えのターミナル駅の、ながーいながーい下りエスカレーターでわたしの前に乗ったのは、仲睦まじい大学生カップル。乗った途端、「しまった」と思った。前に乗っている彼女の上から覆いかぶさるように、彼氏が彼女を抱きしめてほっぺにキスをし始めたから。降り口はまだ遠く、目線はどこにやったらいいやら。困惑して逃げ道にスマホを取り出すわたしを、すれ違う昇り側の人たちが気まずいそうに憐れんだような目で見ていた(ような気がする)。都会のエスカレーターに乗るわたしの目は、田舎者の目のままだ。