とうふのホルモン

ホルモンのままに。主成分はエッセイ。

父と禁煙【時々書きたくなるエッセイのようなもの】

小学校4,5年生の頃、クラスで「禁煙ブーム」が起きていた。無論、「自分たちが禁煙する」ブームではない。「親に禁煙してもらう」ブーム。

はじまりは、保健体育だったかなんかの授業で、「タバコの害が身体にもたらすさまざまな影響」について学んだこと。依存性、肺ガンのリスク、副流煙など。お父さんたちはそんなに体に悪いものをやっているのか…!と子どもながらみんなそれぞれそれなりに衝撃を受けていたらしい。

 

ある日、クラスの中でも派手で目立つ感じの女の子が、教室に入ったとたん、大きな声で言った。

「聞いて聞いて!うちのお父さん、禁煙はじめたんだー!」

おそらく彼女はクラス中に報告するつもりではなく、派手な女子仲間へのいつもの会話のつもりだったのだと思うが、そこは派手な女の子グループあるある、声がでかくて教室中に響き渡る。

教室中がちょっぴりざわついたように思う。

「え!なんで?ミキちゃんのお父さんすごーい!!」

「お父さんにね、タバコって身体に悪いんだって。ミキ、お父さんに長生きしてほしいから、タバコやめてほしいなーってお願いしたの。そしたら、ミキのお父さん、『ミキのことが好きだから頑張る』、って!」

 

それがきっかけで、まずは派手なグループの女子たちがミキちゃん同様、「お父さんのこと、好きだから禁煙して!」とお願いし始めた。その波が最終的にどこまで広がったかは覚えていないけど、その一時、小さな田舎の村の結構の数のお父さんが禁煙チャレンジをしていたと思う。

 

教室の隅っこでその流れをみていたわたしも、なるほど!と感銘を受けた。そういうふうに言えば、うちのお父さんも、タバコやめてくれるかもしれない!だって、うちのお父さんだって、わたしのことが好きなはずだもの!きっと、この作戦には期待できる!

そんなふうに期待に胸をふくらませて、その日の夜、いつものように換気扇の下でタバコを吸う父に声をかけた。

「ねえねえお父さん。タバコって身体に悪いんだって。わたしお父さんにタバコやめてほしいな」

しかし、クラスで起きている一大「禁煙お願いブーム」や、そのお願いがいかにして功を奏しているかーーを父は当然知らない。

「んー?それは無理だなあ。お父さんも、身体に悪いことはわかってるんだけど、だけどやめられないんだタバコっていうのは!」

わたしの要求は、あっけなく断られた。いつも母からやめるように言われている父からしたら、それがたまたま、わたしがいつもと同じことを言い出したというだけのことだったのだ。

当時の感覚で言えば、「ガーン」って感じ。ショックを受けた。みんなのお父さんは、みんなのことが「好きだから」、なかなかやめられないタバコを、やめようとしてくれているのに、うちのお父さんは、やめようとしてくれない。ってことは、うちのお父さんは、ひょっとしてわたしのこと、そこまで好きじゃないってこと……?

今から思えば、子どもらしく、ここから駄々をこねてもっと引き下がれば作戦の意図は伝わったんだろうなあと思う。しかし、口下手で「いい子」なわたしは、普段「おねだり」なんかしない。これが精一杯。すごすごと引き下がって、勝手にしばらくの間、父からの愛情の有無をひたすら不安に思っていた…。まあでも、「うちの子は広末涼子に似ている」などと母に本気でこぼす父だったから、この愛情不信も気づかぬうちに回復していた。

 

中学生、高校生の頃は、少女漫画のような恋に憧れた。今だったら「壁ドン」とかが流行っていたけど、いくつかそういう定石というのがあるのだ。ヤキモチからのすれ違いとか、素直になれない主人公に、心を溶かす魔法の言葉をくれるイケメンヒーローとか。

「ひょっとして、彼ってわたしのこと好きじゃないのかしら?」思春期のわたしたちにとって、こんな悩みは付き物だ。片思いでも、付き合っていたとしても。自分に自信がないし、傷つくことが怖いのだ。往々にして、そういうところから恋人同士のすれ違いは始まる。

 

吉田くんと一度、今から思えばとーってもくだらない理由で、ケンカから別れに発展したことがある。「今から思えば」なんて言ったけど、ほんとうはケンカして別れて1日たったときには、「なんでこんなことでこんなケンカしちゃったんだろう?」と思うくらいくだらないことだった。というわけなので詳しい理由は割愛しますね。

ざっくりというと、わたしが吉田くんのとある行動に対して怒ったのだ。そしてその怒りに対して、吉田くんは「そんなに俺のことが信用できないのかよ」、と怒った。

「そんなに俺のことが信用できないかよ」。当時のわたしにかわって言い訳すると、別に信用していなかったわけではなかった。浮気だ!とか、吉田くんがほかの人に取られる!とかそういうふうに思ったわけではなかった。ただ、イヤだったのだ。わたしの吉田くんだ!と思っていたから、その吉田くんに誰かが勝手に触れることそれ自体が、なんとなーく、イヤだった。ようは、さみしかったのだ。

伝え方があんまり意地悪かったので、吉田くんからしたら、「俺はそんなにも信用されていないのか」となってしまった。つまり、吉田くんは、わたしに信じてほしかったのだ。彼の語る言葉を。彼がわたしに向ける愛情を。そう思ったら、「別れたけど、わたしたちはまた絶対に付き合うな」と思ったし、いろいろあったけど信じていられた。実際その通りになった。

 

「わたしお父さんのこと好きだから、タバコをやめてほしいな」。

「わたしあなたのことが好きだから、ちょっとヤキモチやいちゃったのよ」。

そんなふうに、もう少しだけでいいから、素直に言えたらいいのに。まっすぐ言葉にできたらいいのに。わたしたちは、時々、受け入れられないことが、それによって傷つくことが怖くて、好意をまっすぐ言葉にできないでいる。しかも、大事なときにこそ。

「月が綺麗ですね」。そういうのもいいんだけど、悪くないんだけど、でもときにははっきりと、清水の舞台から飛び降りて、「I LOVE YOU!」って言うのも、悪くないと思うのですが、いかがでしょうか漱石先生。