とうふのホルモン

ホルモンのままに。主成分はエッセイ。

【コクリコ坂から考】この映画は懐古でも青春の恋でもない。なぜ彼女は旗を揚げ続けるのか

……海はなぜそんなことをしたんだろう。

コクリコ坂から」。1963年横浜。学生運動。海と風間俊の出会いは、まさに時代を感じさせるシーンだろう。

中庭(?)でクラスの友人たちとお弁当を食べる海たち。水沼の合図で、「カルチェラタン」取り壊し反対運動の学生たちが、一斉に動き出す。声を上げる者。垂れ幕を垂らす者。カメラを構える者。貯水池(?)の蓋を除ける者…。そして彼らのパフォーマンスのクライマックス。風間俊が突如、カルチェラタンの屋根の上に現れ、海は目を奪われる。そしてそのまま…風間は飛び降りた。

風間は途中の木に一度引っかかり、そして貯水池に落ちた。

思わず海は駆け寄り、手を差し伸べる。そんな2人の姿にその場にいた生徒全員が注目し、フラッシュが焚かれる。

 

……海はなぜそんなことをしたんだろう。

 

一度見たときには、海という少女のあまりの優しさのせいか、あるいは目があった瞬間、摩訶不思議と落ちてしまった恋の力のせいかーーあるいはその両方か、というふうにしか、思えなかった。

 

昨日の、二度目のコクリコ坂は違った。それは二度目だからなのか、わたしが当時よりもう少しいろんなことを知ったからなのか。とにかく、古き良き時代の懐かしさ、あるいは思春期の恋の甘酸っぱい青春。おそらくこの映画の主題はそれらではない。

 

あらすじ

舞台は1963年の横浜。高校2年生の女の子、松崎海(まつざきうみ)。物語は彼女のいつもの朝の風景から始まる。誰よりも早く起きて、布団を畳んで押入れにしまう。「随分几帳面だなあ…!」ちょっとびっくりするほど、丁寧に畳まれた服に着替えて、髪を結う。台所に降り、明かりをつけて、釜の蓋を開けて、前の晩かしいだ米がセットされているのを確認して、火をつける。それから庭に出て、掲揚台の紐を引いて、旗を上げる。

彼女は港を見下ろす高台にある下宿屋「コクリコ荘」の長女だ。母は大学教授でしばしば家を不在にしている。父は船乗りだが、帰らぬ人となっている。高校1年生の妹と、中学生?小学生?の弟がいるほかは、大家である祖母と、日中来るお手伝いのおばさん、それから下宿する数人の賑やかな女性たちで賑やかに暮らしているが、炊事などお手伝いさんがカバーしきれない部分全てを、ほぼ海ひとりが切り盛りする。

 

一方海の通う高校では、文化部の部室塔として使われている歴史ある建物「カルチェラタン」の取り壊しを巡り、学生たちによる反対運動が盛んに行われている。高校3年の風間俊(かざましゅん)は、「週刊カルチェラタン」という学内新聞を発行したり、生徒会長の水沼(みずぬま)とともに劇的なパフォーマンスをしたり…学生運動の中心人物だ。

海はふとしたきっかけから風間の手助けをすることになり、2人は惹かれあう。が、2人には実は出生の秘密があることを、風間は知ってしまう。

一言で言うならば、彼らの「カルチェラタン」を守る戦いと、ちょっと複雑な恋の物語、といったところかと思う。

 

女の世界と男の世界。

海の住む「コクリコ荘」が、唯一の弟の存在を除けば「女の世界」なのに対し、一見して、「カルチェラタン」は圧倒的に「男の世界」だ。太陽の黒点を記録し続ける天文研究会、実在論ニーチェを語りたがる哲学研究会、数学研究会、考古学研究会……。彼らは好き好きに自分の興味を追求して続けており、4階建ての建物は無造作にダンボールが積み重なり、階段は軋み、埃もまたその歴史の如く積み重なっている。女たちは、別の場所で活動するか、あるいは海のように炊事をする子も、いるのだろうか…?

一方の「コクリコ荘」は、住人はそれぞれ自由気ままではあるものの、使い込まれた台所、物の少ない寝室、母の書斎となっている昔の医務室など、全てが整っている。

「コクリコ荘」は医師だった海の祖父が残した洋館で、「カルチェラタン」とは同じ年代に作られた建物らしい。今にも崩壊しそうな「カルチェラタン」と、綺麗に維持された「コクリコ荘」。2つの建造物の対比が際立つ。

 

カルチェラタンを守ろうとする男たち。基本的に彼らに、女たちは無関心だ。

アンケートでは全校生徒の8割が建て替えに賛成している。カルチェラタンに関する「全学討論会」の日、海の友人たちは「あんみつ食べに行こう」と話す。

 

それでも海は、風間という少年に惹かれ、彼の守ろうとするカルチェラタンに惹かれていた。民主主義のため、言論を戦わせる男たちの「全学討論会」のあと、海は風間に提案する。

「掃除をしたらいいと思うわ」

 

言論を戦わせるより「掃除をしたらいいと思うわ」

海の提案から、ほんとうにカルチェラタンの掃除がスタートした。言論を戦わせ、学問的問いに頭を働かせていた男たちが、ついに、自らの手を動かし始めるのだ。

しかしこの点は、策士・生徒会長水沼の計らいなのだろうなあ。多数の女子生徒がボランティアとして駆けつけた。これはうまいなあ、と思う。掃除が進むにつれ、彼女たちのなかに、カルチェラタンへの愛着が生まれていく。多数の人を、巻き込んでいく(まさに鈴木敏夫プロデューサーの仕事のよう)。

 

理事長から、どうしてカルチェラタンを残したいのかを問われたときの、海のこの言葉がほんとうに好きだ。

「大好きだからです」「みんなで頑張ってお掃除をしたんです」

当事者以外の大半の人は、どうしたって無関心だ。賛成も反対もない、関心がなければ生まれてこない。

そんなとき、いくつ言葉を交わすよりも、一緒に手を動かした方が、ずっとすんなりと、心が動くものなんだろうなあ。

 

伝えよう。手と足を動かそう。

一方で2人の関係に風間も、海も、それぞれが悩みを抱え苦悩する。それでも2人は、炊事しかり、「週刊カルチェラタン」しかり、それぞれのやるべきことをやり続ける。

 

2度目の「コクリコ坂から」を見ていて気づいたことは、海も風間くんも、手を動かすことをやめないということだ。

 

それでいて、それは自分の気持ちからの逃避ではない。苦しいときは一時布団にもぐって、それでも手を動かしながら足を動かしながら、考えている。だからこそ、その末にある海の告白の言葉は、ただただまっすぐで、ひとかけらの嘘もない。

 

海も風間くんも、どんな状況でも手を動かすことをやめない。考えることも、やめない。海はテレビに夢中になって頼みごとを聞いてくれない妹弟にも不満を言わず、淡々と炊事をするし、秘密にひとり思い悩む風間くんも、新聞を刷り続ける。ただただ目の前にあることをきちんとやるのだ。

 

さて、延々と遠回りして、全然回収しきれていないのだけれども、強引に最初の問いに戻りますね。

 

海はなぜ、飛び降りた風間くんに、手を差し伸べたのだろう。

それはきっと、海が「ただ目の前にあることをきちんとやる」子だからこそだと思うのです。目の前で男の人が飛び降りた。池に落ちて、ずぶ濡れになった。だから手を差し伸べた。それだけのことだったんでしょうね。

しかし思えば、風間くんはカルチェラタンを守るために、飛び降りた。黙々と、新聞を刷っていた。そういうところに海は惹かれたんだろう。だからたぶん、もちろん恋の力のせいでも、あるとは思います。

 

上を向いて歩こう

書いていて思い出したのだ、こんなことを思いながら見ていたワケ。それは、最近(いつだったかな?)の糸井さんの「今日のダーリン」があったから、というのも多分にある。

 

・夜中に牛乳とロックアイスを買いに行くとき、ちょっと人通りのない道を遠回りした。永六輔さんのつくった歌のことを考えていた。ふと、『上を向いて歩こう』という歌には、「涙がこぼれないように上を向いて歩く」というアイディアがあって、みんなもぼくも「それはいいなぁ」と思ったんだけど、実際に、この歌を、上を向いて歩きながら歌ったことって、ないんじゃないかなぁと思いついた。人もいないし、暗い道で、ぼくは上を向いて歩いた。そして、ちゃんと声を出して、その歌を歌った。

 

そうすると、なんと、この歌はちっともあかるい歌じゃなく、 歌っているうちに涙がにじんでくるような歌だった。春も夏も秋も、ずっとこの人は「一人ぽっち」なのだ。そして、幸せからほど遠く、歩きながら泣いている。涙がこぼれないように上を向いていても、少しもいいことがあるわけじゃない。ちょっとだけいいことは、涙がこぼれないようにできることだけだ。

 

ぼくは、暗記しているほど歌詞を知っていたはずだ。それなのに、ずっと思いちがいをしていた。涙がこぼれないように歩いていると、幸せのようなものに出合えるというような、ぼんやりとしたハッピーエンドをこれまで勝手に思い描いていたのだった。幸せは、雲の上に、空の上にあり、悲しみは星のかげに、月のかげにあるけれど、それは、そこにあるというだけで、上を向いて歩くと、それが見えるんじゃないの?というくらいのことだ。

 

なんという、さみしい歌だったのか。ぼくは、この歌をフルコーラス歌うまでに、ほんとうにさみしく、悲しくなってしまった。『上を向いて歩こう』という歌を、ほんとに上を向いて歩きながら歌っていると、涙がこぼれそうになってくるんだよ。

 

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。この歌にかくれされた希望は、歌っていることそのものだ。

 

 

今のわたしでは、到底回収しきれなくなってきたので、これで終わりますね。

自分で考え、そして自分の信じるままに、旗を揚げ続けていられたら、それが美しいんだと思います。

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 今週のお題「映画の夏」

 

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