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とうふのホルモン

ホルモンのままに。主成分はエッセイ。

新卒フリーランスという決断にグチャグチャ言ってる奴らはバカなの死ぬの?どうせなら有益な批判をしようよ

とうふメンタル、故に時に過激な物言いをしたいときもある。あと実はわりと有意義な議論は好きだ(東大生感)。

 話題の、40社受けてだめだったから新卒フリーランスを目指すって書いた彼。

www.iwata09.com

 「見通しが甘すぎる」「就活の方が楽」「内定も取れない奴にフリーランスなんて無理」「逃げるな」等々…いろんな人が、いろいろ好き勝手言うけど、なんなんだ!おこ!!!

 

説教かますくらいなら、素直に「心配だよ」って言えばいいのに!

まず何よりもこれ。そもそも、彼がフリーランスでうまく行こうが失敗しようが、わたしたちには関係ないじゃない。なんでそんなに必死になって、ボロクソに言うのか。

好意的に捉えると、「このままではあなたが大失敗しそうで、心配なんです」ってことなのかもしれん。とはいえ、親からの心配ですら、「うざい!」と思うこともあるのに、赤の他人からの心配の集中砲火ならばいわんや…余計なお世話だと思うなあ。

 

それでも批判したいならば、それに値するだけの有益な批判をしよう

無駄な批判なんて、人の心を抉るか消耗させるかだけの害悪だ。それでも、「どうしてもこれだけは、言いたい…!」というならば、じゃあせめて、有益なことを言おうよ。個人的に、有益な批判とはこの2つの両方を満たすものだと思う。

 

1.考える材料(エビデンス)を提供している

その人が見落としている視点や事実を提示してあげているか。もちろん、「常識的に考えてこう!」とか、「絶対こうなのに」みたいに、【自分にとっての常識】として押し付けるのではなくて、「こういう見方もあると思うよ」「このことを踏まえたうえで、その結論に達しているだろうか?」と、その人が考えるうえでのアシストとなるような情報を与えているかどうか。その情報を受け取って、その人自身が噛み砕いて考えた結果、もしかしたら今と違う結論になるかもしれないし、今の結論をより一層、補強できるかもしれない、そういう情報の提供をしているか。

 

2.「●●しろ」「●●なんて無理」←こういう結論の押し付けをしていない

上と重なる部分もあるが、あらゆる情報・状況を踏まえたうえで、結論を下すのはあくまで本人である、というスタンスを忘れないこと。「わたしは無理だと思う」「こうした方がわたしはいいと思う」あなたの意見はあくまであなたの意見として書くこと。だって結論を決めるのはあなたじゃなくて、批判を受けとる側なのだから。

 

受け手がよりよく考えよりよく決断できるように

そもそも批判の目的は、本人が「できるかぎり」「ちゃんと」自分の頭で考えて、その結果導き出した結論に対して、できるかぎり見落としや後悔のないようにすることだと思う。だから、目的と照らし合わせるならば、少なくとも上の2つの要件を満たす必要があるんじゃないかな。

 

もちろん、頭のいい人、あるいは冷静でいられる状況下であれば、雑多な批判の中から、事実・情報だけを取り出して自分が考える材料にしたり、「●●すべき!」みたいな声もあくまで個々人の一意見として受け止めたりすることは出来ると思う。

でも、少なくとも今回の場合は、就活で、少なからず打ちのめされて落ち込んでいる一人の学生だ。彼にどうして、そんなにも気軽に辛辣な物言いをできるのだろう、とわたしは思う。

批判は、一歩間違えればただの悪口になりかねない。だからこそ、批判を言いたいと思ったときには冷静に・慎重にならなくちゃいけない。役に立ちたくて言ってる言葉も、生ゴミどころか殺戮兵器にもなりうるのだから。

 

(参考:こちらも話題の。どうやら人間、ひどい批判をされると血反吐を吐くらしい。これも見ていて同情を禁じ得なかった…!)

www.miyahaya.com

 

あなたの批判の目的は何?クソみたいな批判をする奴にありがちなこと

本来、批判っていうのは上に書いたとおり、受け手がよりよく考えよりよい結論にたどり着けるようにするためのアシストであるべきだ。でもわたしたちは、必死で生きているからこそ、無意識のうちに、そうじゃない別の手立てとして批判を使ってしまうことがある。

人生の先輩ぶることで、自分の生き方は「間違っていないんだ」って肯定するためだったり。

正しいらしいことを言うことで、「俺はこいつよりも上なんだ」って優越感に浸るためだったり。

自分の言うとおりにせず失敗したときに、「あのとき俺の言った通り」ってえらぶるためだったり。

こういう気持ちは、無意識だから厄介だ。「俺は正しいことを言っている」って思うときこそ、その【正しいっぽいこと】を大義名分に、自分の欲求を満たしたいだけなんじゃないか、って1歩立ち止まる冷静さを、持っていようよ。

 

まとめ:あなたの言葉にそんな力があるとでも?

最後にちゃぶ台ひっくり返すようなこと言ってしまうと、人って、自分で経験して失敗しないと、”腑に落ちる”ことなんてないと思う。「人からこー言われたからこーする」っていう決め方をしてしまういい子ちゃんもいるけれども、その場ではそう決めたとしても、結局胸の内で「でも…もしかしたら…」なんて想いがくすぶったままで、その決断に向かって全力になれないんじゃないかなー。

 

あなたの批判、

相手が自ら考え、よりよい結論に行くための手助けになっていますか。

自分の承認欲求やらなんやらを満たすためのオナニーになっていませんか。

そもそもあなたの言葉って、言葉だけで相手を納得させるだけのパワーを持っていますか。

 

つまりこういうこと!おわりっ!

 

追伸 批判について批判しているという点については、甘んじて批判を受け入れる心づもりである!!

 

 

■参考:「できるかぎり、じぶんのあたまで考える」ことについて

chi-cooks-everyday.hatenablog.com