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とうふのホルモン

ホルモンのままに。主成分はエッセイ。

善くないことと罪悪感とおばあちゃん【時々書きたくなるエッセイのようなもの】

エッセイのようなもの 近況

炭酸は「いい子は飲んじゃいけない飲み物」だと信じていた。原因はわからない。たぶん、これかなと思うのは、あるとき友達のおばあちゃんが「うちの息子、最近コーラばっかり飲んで。骨が溶けてなくなるのに。」とうちでおばあちゃんに愚痴るのを聞いたこと、それは覚えている。いつからかはわからないけど、とにかく、小学校2年生頃までずっと、「コーラは不良の飲み物なんだ」と思いこんでいた。

 

だから、地区の子供会の行事の後で、大人から1人1缶ずつジュースを振舞われたときはびっくりした。まさか、炭酸を、大人からもらうなんて!今でも忘れない、安いメーカーの、ぶどう味の炭酸ジュース500ml缶。公民館の一角、8畳ほどの和室のスペースで、同級の友人や年上のお兄さんお姉さんたちが平然とプルタブをあけてがぶがぶ飲む姿を、わたしはしばらく呆気にとられてみていた。そしたら、「とうふちゃん、どうしたん?飲まんの?」と不思議そうに友人に言われた。他の子も、飲む手を止めてわたしの方を見た。

「わたし、炭酸、飲んだことない。」

えー!嘘!信じられない!今までに、一度もないの?矢継ぎ早に声が上がって、それにもビックリした。だって、悪い子の飲み物なんじゃないの?みんな、普通に飲んでるの?飲んで、いいの?「絶対、飲まないと後悔するよ!おいしいよ!」そんな声に押されて、わたしはプルタブを上げる。カシュ、って音が罪悪感を掻き立てる。「見つかったら、怒られるんじゃないか?」誰に見つかるのか、誰に怒られるのかも定かでないが、閻魔様なのかお天道様なのか神様なのか、とにかく「いい子の神様」がどこかで、見ていて怒られるような気がして、ドキドキした。そして恐る恐る、口をつけた。はじめて味合う罪悪感とシュワシュワは、怖くて騒がしくてそれまで味わった何よりもおいしかった。

 

漫画もそうだ。わたしは漫画というものの存在を知るのも、周りの子と比べてだいぶ遅かった。友達の家で「りぼん」をはじめて見たときの衝撃。マーマレード・ボーイや神風怪盗ジャンヌグッドモーニング・コール。恋というものへの憧れが、そのあとずっとわたしを支配し続けることになる。

 

善くないことと罪悪感、といえば、でも、サルビアの花とツツジの花の蜜を吸うのは、おばあちゃんにいつも、「こら!」と怒られていたけど、自分の胸を締め付けるような罪悪感はなかったなあ、というのも思い出す。一輪だけ、と言い聞かせてプチ、と花を摘む。吸った瞬間の甘さを想像して、ドキドキしながら、口付ける。文字通り一瞬の甘美な瞬間。わたしはその幸せを反芻する間もなく、「あと、もう一輪だけ」とつぎの花に手を伸ばしてしまう。そうしているうちにおばあちゃんが畑仕事から帰ってくる。上手く隠せばいいものの、熱中していていつもは聞こえるおばあちゃんの乗る三輪車の音や鼻歌もそのときには全く聞こえていないものだから、「こら!」と怒られる。

花の蜜が当時のわたしにとってそれだけ魅力的ということもあるだろうが、今思えばそれ以外のことでも、おばあちゃんにだけは「こら!」と怒られても平気だった。おばあちゃんの前では、わたしが可能な限り取り繕っても「いい子」でいるのは不可能だったのだ。おばあちゃんに対してだけは、「うるさいなあ!ほっといてよ」「うざい!」とか言うくらい悪ガキだった。

なぜかというと、おばあちゃんが、子どもだからなのだ。ガサツで、大雑把で、思ったことそのまま言葉に出てしまう人。あんまり深く考えたり取り繕ったりしない。お風呂で大声で演歌を歌うし、孫の愚痴を話す電話の話し声は2階までしっかり聞こえてくるし、おばあちゃんが使った後の台所は水浸しだし、わたしの友達が家に来ても、平気に歌を歌ったり下着姿でウロウロしてる(だって暑いから)。わたしには弟が2人いるけど、姉弟喧嘩よりも圧倒的におばあちゃんとの喧嘩の方が多かった。

一度、学校の宿題の俳句で、「食べたいな おばあちゃんの栗ごはん」って、一瞬で思い浮かんだ五七五の言葉を適当に書いたものが、学年の代表に選ばれて地域の文化祭で掲示されたとき、おばあちゃんはすっごく得意げだった。

うちのおばあちゃんは、そういう人だった。

 

先月、しんどくなって、それでも前に進むためにもと仕事を辞めた。そして先日、仕事を辞めてからはじめて実家に帰った。両親には「辞めた」って報告はしていたけど、受験勉強を頑張る弟や、素直すぎるおばあちゃんに、「辞めた」って話を、あっけらかんと、明るく、未来のある話として話すことがまだできそうになくて、ずっと、母方の祖父母の家にいたのだ。一応帰る前に、おばあちゃんには、父からひっそりと、仕事を辞めたということを伝えてもらった。

 

おばあちゃんのことだから、孫がたった1年で仕事を辞めちゃうなんて、って、落ち込んでしまうだろうなあ、それで「仕事辞めたんやって?」って、「なんで?」って、根掘り葉掘り、気持ちのままに聞いてくるんだろうなあと思っていた。

 

それが、実際は、「頑張ってるか?」って。「頑張ってるか?」その一言だけだった。

 

大学時代から、帰るたびにいつも聞かれたことだった。いつも必ず1回は、帰り際とか、おばあちゃんと2人になったとき、なんとなしに、聞いてくること。いつも適当に、「当たり前じゃん、頑張ってる頑張ってる」とかって答えてた。

 

仕事辞めて、帰ってきて、一切気取らず、同情とか憐憫とか一片も感じさせず、本当にいつもどおりの調子で「頑張ってるか?」って聞かれて、考えた。どうだろうって考えて、

「うん、頑張ってるよ」

って答えた。

 

一生懸命やって、それで、辞めようって決めて、ちゃんと、手続きもして、辞めてきた。これから、どっちに進もうか考えて、そっちに向かって進めるように、立て直しているところだ、そうなんだと思った。おばあちゃんに「頑張ってるか?」って聞かれて、そう思えた。はらにストンと落ちた。

 

「そうかそうか、そんならええ」「みんな、頑張ってる。うちの孫はえらい」

 

おばあちゃんが、何にも考えていない、子どもだなんて、なんで思ったんだろう。素直で、感情を変にこねくり回したりしなくて、真っ直ぐ生きてる。そういう人に、わたしはなりたいと思ってた。素直じゃないわたしは、おばあちゃんの一言ではじめて、「そうか、わたしは、辞めたことにまだ罪悪感があったんだな」って気づいて、それから、「罪悪感なんて、必要ないんだ」って気づいた。

 

素直じゃないわたしは、「ありがと、頑張る」って一言だけつぶやいた。おばあちゃんは「おうおう」って笑って、「そうや、たまねぎやらじゃがいもやらもって帰らんけ、いっぱいあるんやざ」って、いつもの調子で言っていた。