とうふのホルモン

ホルモンのままに。主成分はエッセイ。

近況と「いつまでも変わらない」らしい25歳の2人で語ったこと

あけましておめでとうございます。とうふです。∠( ˙-˙  )/

年末は互いの実家に帰省するなどし、年明けてからは連日バイト三昧と充実しており、アルバイトも含めて楽しい楽しいと思っていたのですが、その充実のうちにいつの間にか疲れがたまっていたようで、ここ1週間ほどは身体に変調が出てダウンしておりました。

アルバイトはとても順調でした。以前にも書いたとおり、家計的にはアルバイトではなく正社員で働きたいところ。正社員に向けてのリハビリとして週2日から始めたアルバイトも、週5は当たり前、ときにはそれ以上の連勤もできるようになってきていました。とはいえ、いざホワイト企業の正社員並の勤務時間で働いてみることで、アルバイトで稼げる金額の限界もやはり実感します。

仕事自体楽しくやっているし、人間関係もまずまず、ここひと月ほどで任されることも増えてきて……でも、その期待に答えなければーと、無意識に力が入ってしまっていたようです。わたしの悪い癖です。

今のアルバイト先でしばらくアルバイトを続けて、願わくばそのまま社員に昇格できたらと思っていたのですが、「体力的に厳しいかもしれないなあ」という、以前からうっすらあった予感が、だんだんと確信に変わってきました。さみしいけど、仕方ない。それが今の自分なので、受け入れてあげようと思えています。納得してそのうえで次に進めそうな感覚です。

本格的に就職活動を始めようと思います。理想としては、近場で、副業可。今のアルバイトを週1~2ペースに戻しながら働けたら理想です。……そんな職場、あるかいなーと思いつつも、まあ、理想は言うだけ自由ですから!!∠( ˙-˙  )/

自分の得意なことという意味では、教える仕事やワークショップに携わり続けたい気持ちが強い…。自分の体力との相談ですね。

 

 

地元に帰ったとき、高校時代の親友と久々に会ったら、彼女もなんと12月いっぱいで会社を辞めてきたとのことだった。

彼女とわたしは、「変わらないね」と言われるばかりの2人だ。25歳だから、高校卒業してから早7年。時を隔てて会うほかの友人が、思いっきり垢抜けていたり、よりリアルになった恋愛やら結婚やらの話をするようになったりするなかで、確かにわたしたちは、見た目も、中身も、多少変わっているもののそんなのほとんど「変わらない」ように見えるのだろうなあと思う。カラオケにいったり、一緒にノートに絵を描きながら勉強したり、ゆるーい部活の中でくだらないことを一緒に企てたり……いつまでもその頃の延長線上にいて、達観する必要のない、おとなにならずにすむ関係。ハッキリと違うのは、恋愛観と、彼女のほうがずっとしっかりしていて、ぽやーっとしているわたしをチャキチャキと世話焼いてくれるところで、似てるかと言われるとそんなには似ていない2人だとは思うけれど。

 

わたしは仕事を辞める前後から、ほぼすべての知り合いに対して音信不通を貫いていたので、「6月に会社を辞めて、結婚したよ」と報告すると、彼女もニカっと「わたしも辞めてきた!」と、そこからは2人で失業手当の受給とか、求職期間のアルバイトについてとか、和カフェの一角、抹茶ロールケーキをつつきながら退職談義で盛り上がった。

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彼女の場合は、聞くに耐えないひどい職場環境だったらしい。あまり大きくない家族経営の会社ならではの杜撰さが随所にあり、そのしわ寄せはしっかり者の彼女に行っていて、聞く限りでは彼女なしではとても通常業務が成り立たないような状況だった。心身に影響が出る手前で決断できたようで、またきちんと後処理もして(最後社長に泣きつかれたらしいが、そこで余計な情にほだされないのが彼女の強いところ)、さらに親の説得も経て「きちんと」辞めてきたようで、さすがだなあと安心した。

一方で、昔からあまりにもしっかりしすぎている次女の彼女が、家族との関係性とか、自分自身として生きることとかについても考え始めていて、いよいよ彼女という人がおもしろく、友人として嬉しい。

 

彼女は辞める決断をした1番の理由について、

「ここにいたら、わたしがだめになると思った」

と言っていた。

新卒入社してわずか2年目。そのわたしがまわりのおじさんたちに指示を出している。そのおじさんたちの仕事ぶりに、「だめだなあ」と思ってしまっている。しかも、そういう環境の中でも優しい人は1人はいるもので、たとえ叱られたり理不尽だと思うような目にあったとしても、その人がわたしを慰めてくれてしまう。こんな環境にいたら、わたしはもうこれ以上学ぶことはできないんだろうなと思った。ここで実力がストップしたまま、何年か先、もっとおとなになった自分のことを想像したら、怖くなった。だから辞めようって決めた。

もしかしたら、そんな環境だからこそ、手探りで頑張り続けて実力をつけて、会社を立て直すような人もいるかもしれない。「でもわたしはこのままでは天狗になっちゃうと思った。この会社にいるような、今のわたしからみて嫌だなあと思うような、そんな大人にわたしもなっちゃうと思った」。

 

それからお互い、高校時代の部活の話なんかをして、「こんな仕事ができたらなあ」とかなんとか、真剣でありつつもとりとめのないダベリをしていて、気づいたら夕方になっていた。

冬だから外はもう暗くなっていた。彼女の車で駅まで送ってもらう。

 

「とうふちゃんくらいだよ、こんな話するの。だってさ、こういう話をすると、大抵『考えすぎだよ』とか、『考えないほうがうまくいくよ』って言われるもん」

「ふふふ、わかる。『そんなに考えなくていいんだよ』って言われる」

「そうなんよ。そんなん言うんやったら、そうやったら考えるのを止められるか、教えてくれ!って思う。こんなこと考えんほうが楽なのはわかってるんだよね。わかってるのに、止まらんから困ってるのに」

「もうね、諦めたほうがいいよね。考えるのは当分はやめられん」

「ほんとにねえ」

 

 しんみりしているけど、でも刺すような辛さはない。半分笑って、そういうもんだなあと思いながらなのだ。

「わたしたちって、まだ若さを諦められないんだろうね。

自分でもわかってるの。大人なんて、言うてたいしたことないじゃん。なのに、わたし『ちゃんとした大人になりたい』とか思っちゃってるなーって。今もう年齢的には25で、とっくのとーに大人のはずやのに、いやいやまだまだ先あるぞって思っちゃってて、まだ大人に夢見ちゃってるなーって。

何も考えずにとりあえず生きていきさえすれば別に人生どうにかなるだろうに、それはどーーうしても嫌で、どーーうしても、ちゃんと自分で考えて選びたいって思っちゃうんだよね。

もうこれは、諦められるときが来るまでは、きっともうしょうがないって気がする」

 

うん、これはこれで、しょうがない。これはこれで、25歳なりのわたしたちの強さなんじゃないっ?ってほっこりする。変わらないなりに、ちゃんと考えて動いて、変わってきてんのよぅ。

駅について車を降りながら、そんならね、まだ若いつもりやし、またカラオケとか行こう、そんでプリクラもまた撮ろうって言って、はははーって笑ってドアを閉めた。角を曲がるまで、車に手を振った。

さてと。

こういう友人がいるから、仕方なし、考えすぎなりにゆるりと人生やめずにやっていこうかなあと思うのだ。